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百話目が終わるとき(前編)
Writer:穂積杜
Illust:深遊
<1>
電話よ。
と、言われて出てみると、相手は草間だった。
『よう……』
声はどうにも暗い。
「なになに、どうしたの? ……あ、今度こそ、経営悪化で破産した?」
明るい声でからかうように言ってみる。そんなことはあるかと大きな声をあげるかと思ったが、草間の声は静かなままだった。
『いや……そうではなく……』
「……あれ? ホントに深刻な問題? 俺でよければ力になるけど……」
もしかして、図星……あまりに声が静かなので、冗談も言えるような状態ではないのかと心配になる。成功はやや声の調子を落とすと、草間にあわせるようにそう言った。
『助かるよ。おまえではなくては無理なんだ……』
なんだかこの台詞には聞き憶えがあるような……そこで、成功は草間が言葉を続ける前に先んじて言ってみた。
「へぇ、もしかして、エアコンが壊れた?」
『惜しい、扇風機』
「え」
『と、いうわけで、応援、頼む! じゃ!』
がちゃん。つーつー。成功の返答を待つことなく電話は切れる。
「……」
そこには受話器を持ち、佇む成功が残された。
◇ ◇ ◇
扉を開けた瞬間の、あのなんともいえないもわわーんとした熱風が忘れられない。
「ちーっす。修理に来たよー……うわぁーい」
くるり。にこやかな笑顔を浮かべつつ、思わず、回れ右。
「待てー、帰るなー!」
草間に肩を掴まれ(泣きつかれとも言う)、これ、いつ買ったんですか? それとも骨董品ですか? 本当に動いていたんですか? と訊ねたくなるような扇風機と向かい合う。幸い、壊れた原因は何かに噛まれたかのようなコードの傷と剥き出しになった銅線を見た瞬間に理解できたので、修理にそう時間はかからなかった。傷んだ部分を交換し、接着、電源をいれると前時代の遺物のような扇風機は何事もなかったかのように動きはじめる。
「はい、これでおっけー。けど、ネズミかな、この噛み傷の原因をなんとかしないとまた同じことが起こると思うぜ?」
忠告したからね、もう同じ原因じゃ来てあげないよ。にこーっと笑い、成功は草間を見つめる。すると、草間もにこーっと笑った。そのあとで、ため息をつく。
「ネズミ取りでも仕掛けるか……。けど、助かったよ。これでこの夏も乗りきれ……るといいなぁ」
ふぅ。どこか遠い眼差しで草間は小さく息をつく。
「何か、こう、涼しくなるような方法はないか? ……金をかけずに」
先に言われてしまった。エアコンを買えば? とは言えない。成功は少し考えたあと、閃いたという顔で人差し指を立てる。
「扇風機の前に氷を置く! 風がひんやりして気持ちいいかも」
草間は、それだ! という顔でぽんと手を打ち、成功を指差す。早速、冷凍庫から氷を取り出し、皿に盛ると扇風機の前に置いた……が、氷はあっという間に溶けた。涼しいには涼しいが、効果時間がやたらと短いので実用的とは言いがたい。
「名案だが、氷を作る速度が追いつかないようだ……」
がくり。草間は扇風機の前でうなだれる。
「うーん……。それじゃあ、頭から水をかぶるってのは?」
「確かに涼しそうだが、依頼人が来たらどうするんだ……」
「じゃあ、裸になるってのは……」
「おまえは俺をヘンタイにしたいのかっ」
成功が考え、草間が却下する。そんなことを何度か繰り返していると興信所の扉が開かれた。依頼人かとはっとする草間につられ、成功も一緒になってはっとするも、それは依頼人ではなく、雫だった。草間は明らかにがっかりした顔を見せたが、成功はにこやかに手を振った。
「近くまで寄ったから顔を出してみたんだけど。相変わらず、暑いんだね、ここ」
暑い暑いと自分を手で扇ぎながら、それでも雫は元気に歩いてくる。扇風機が直ってから興信所内の暑さも少しは落ちついているが、直るまえであったら……おそらく回れ右をしたことだろう。
「そう、暑くてたまらない。だから、涼しくなる方法を考えている」
「エアコン、買えば?」
雫はあっさりと答える。草間が答えるまえに成功はひらひらと手を横に振った。
「俺もそう思うんだけどさ、金をかけちゃいけないんだと」
答える成功の横で、金をかけるなというわけではなく、そもそもその金がないわけで……もごもごと草間は言い訳にも似た言葉を呟く。
「なるほどね。じゃあ、エアコンがなかった時代に人たちが何をしていたのか考えればすぐにわかるんじゃないかな。やっぱり、真夏の夜といえば……」
「花火にスイカかなぁ?」
成功は空に大輪の花を咲かせる花火とそれを見ながら縁側でスイカを食べる光景を思い浮かべる。さらに、軒下に風鈴をつけておけば完璧かもしれない。
「それもいいんだけど。やっぱり、真夏の夜に涼しくなるといえば、怖い話しかないでしょう! 昔の人たちは集まって百物語をやったって聞くよ。ひとりひとり怖い話をして、話がひとつ終わるたびに蝋燭をふっと吹き消していくの。それで、百話目が終わり、最後の蝋燭を吹き消したとき……」
雫は不意に真剣な表情をつくり、声をひそめる。
「吹き消したとき……?」
成功は雫の雰囲気に引きずられ、同じように声をひそめながら問うた。
「何かが起こる……といわれているんだけど、本当のところはわからないんだ。私もきちんと百物語をやったことがないから。あ、そうだ、どうせだから百物語をやろうよ!」
雫は明るい笑顔で元気よく言ったが、草間は露骨にイヤそうな顔をした。が、雫は気づかず(もしかしたら敢えて無視なのかもしれないが)話を進める。
「実は、夏の思い出づくりにみんなで一泊二日の旅行なんてどうかなぁと思ってここに来たんだけど……夜は百物語決定だね! そうすれば涼しくなるよ、絶対! あたし、これからアトラスに行って誘ってくるから、いい場所、選んでおいてね!」
どさどさどさ。プリントアウトした紙をテーブルの上に投げるように置いた雫は上機嫌にばいばーいと手を振って興信所を出て行った。成功はにこやかに見送り、手を振ったが、ぎこちなく手を振る草間の表情は引きつっている。
「ここを涼しくするわけであってだな……それに、拒否権はないのか?」
「まあ、いいんじゃないの? 一泊二日くらいなら。お値段も手頃っぽいし」
成功は雫が置いて行った紙の一枚を手に取り、なんとなく目を通す。旅館の名前や施設の情報、値段、連絡先等が記載されている。草間の懐具合を知っているのか、値段は手頃で決して無理な金額ではない。
「しかし、あいつが持ってくる話だからな……この話には何かウラが……」
「これだけの量から選ばせてくれるって言ってるんだし、単純に安いところを集めて来ただけだと思うぜ?」
ひとつひとつ目を通していくうちに、疲れてきたのか、それともどうでもよくなったのか、草間はおまえに任せるよ、どこでもいいよと作業を投げ出した。成功は仕方がないなと苦笑いを浮かべつつ、テーブルの上の乱れた紙をひとつの束へとまとめた。そして、紙の束を見つめ、目を閉じて指でなぞったあと、これだと思ったものを抜き取った。
「よっしゃ、ここに決定!」
ざっと目を通したところ、値段も距離も問題なさそうだ。よし、これこそが天のお告げに違いないと満足していると、不意に強く風が吹き、束ねてあった紙が舞う。成功が手にしていた紙もひらりとその手を離れ、舞った。
「あ。おい、いきなり『強』にする……な……よ……?」
成功は草間に言うが、草間は扇風機のそばにはいなかった。窓辺で外を見やりながら煙草を口にしている。動いた気配はまるでなく、扇風機も過剰に稼動しているということはなく、先程と変わらず適度な稼動をしている。とても、束ねておいた紙を舞いあげるほどの風ではない。
「あれ?」
「どうした? ……あーあ、イヤになったからって投げることはないだろう」
床に散らばっている紙に気づいた草間はやれやれと嘆くように首を横に振ったあと、紙を拾い上げ、片付けはじめた。成功は自分ではないと訴えるも、草間はハイハイといった感じに聞き流す。その言葉を信じているようには思えない。納得がいかないものの、このままにしておくわけにはいかないかと成功も紙を拾いはじめた。
「ん?」
ふと一枚の紙が目をひいた。『鏡』という文字を目にした途端、折り重なっているその紙を拾いあげ、眺めている自分がいる。
「……七色の花をみつけると願いが叶うといわれています。他にも数々の逸話や伝承が残る土地です。近くにある水晶湖は鏡のようにその姿を写すことから、古くは鏡湖とも呼ばれ、近くにある剣ヶ岳、勾玉岩とともに人々の信仰を集めたといわれています……?」
とある観光地の勧誘文だった。大きな湖の画像にそんな説明が添えられている。付近にはそれ以外にも森や滝などもあるらしく、遊歩道やバーベキューを行えるキャンプ場等、施設も整っているとある。一泊二日、夕食、朝食つきで値段も手頃……いや、手頃を通り越し、安い。
「ここってどう思う?」
成功は紙を拾い集める草間に声をかけた。それは最初に自分が選んだ場所ではなかったが、成功は気にしなかった。
<2>
雫から提言された夏休みの思い出旅行は百物語をするための旅行となったが、それがすべてというわけではない。選んだ旅館の周囲には普通に避暑地を満喫できる環境が整っている。昼間は湖や森で遊んで、夕方に旅館に到着、夕飯を食べて花火をやったら、着替えて百物語をやるからねという連絡が雫から入った。
百物語をやるとはわかっていたものの、『着替えて』という言葉の意味がわからずに何に着替えるのかと訊ねると、雫はにこやかに、ただ集まって怖い話をするのではつまらないし、芸がないから、参加者は古今東西の妖怪、魔物、その他そういった類の仮装をすることにしたよ、名づけて仮装百物語! と返してくれた。……雫から話を持ちかけられた時点でこういう方向に話が進むことは決まってしまっていたのかもしれない。
何に仮装するかを考え、荷物を鞄に詰めこむ。一泊二日の旅行のわりに、荷物が多くなってしまったのは仮装百物語のせいだろう。
旅行の参加者は草間兄妹とアトラス編集部の碇と三下、企画者たる雫と怖い話が好きだという大学生の狗神、そして、自分の七人だった。車に揺られること数時間、風景は都会のそれから自然を多く残したそれへと変わる。とりあえずの目的地たるキャンプ場の駐車場には一台の車もない。駐車スペースはかなりのものだというのに。
「なんで……一台も車がないんだ……?」
草間は嫌な予感がするという顔でひとり呟く。
「やっぱり、空いてるねー」
「思ったよりおどろおどろしくないなぁ」
まるで空いていて当たり前というような雫と狗神の言葉が少し気になるといえば、気になる。だが、まあ、穴場なんだろうと成功が納得する横で、草間は言った。
「ちょっと、待て。今の言葉、どういう意味だ?」
「いや、出るって有名な場所なんで」
にこやかに狗神は答える。
「それも、ただ出るってだけじゃないんだよ! いろいろアヤシイ伝説があるんだって。例えば……森に斧を持った不死身の殺人鬼が現れ、襲いかかってくるとか」
でも、ある言葉を言うと去って行くらしいよと雫は胸を高鳴らせているという表情で語った。その表情は可愛いかもしれないが、内容はどうかと思われる。
「湖のほとりに今は誰も住んではいない洋館があり、その洋館のどこかに置いてある絵画が美女であると呪われないが、美女の顔が醜くなっていると呪われ、一週間以内に死ぬ……という噂があるらしいわね」
そう横から答えたのは碇だった。草間は脱力したような引きつったような表情で碇を見つめる。
「僕は、若い男女がボートに乗ると嫉妬した水の精霊に水のなかへ引きずり込まれるという話を聞きましたよ」
碇の言葉を受け、車からバーベキューの道具をおろしていた三下は言う。
「私は、湖のある場所でものを落とすと、湖のなかから美女が現れ、落としたものと落としたものよりグレードアップしたものを手に、落としたものはどちらかと訊ねてくるという話を聞いています」
零の言葉を聞き、草間は車に手をつき、がくりと肩を落とした。そして、くるりと背を向け、夏の青い空を見あげる。
「……へーぇ、みんな物知りだなー……」
「なんか、棒読みっぽく聞こえるんだけど」
大丈夫? 成功が声をかけると、草間は不意に振り向いた。
「で、おまえはどんな話を知っているんだ?」
こうなったらなんだって聞いてやるよとなかばヤケかと思われる表情で草間は言うが、成功は噂など知らない。何かあったかなと思い返し、なんとか紙に書いてあった一文を思い出した。
「俺が知っていることは……森のどこかに咲いている七色の花をみつけると願いが叶うっていうヤツかなぁ」
確か、そんな感じのことが書かれていたはず。成功が言うと、草間はうんうんと頷いた。心なしか喜んでいるように見える。
「案外と平和的な話だな。それくらいなら可愛げがあるというものだ」
「さて、まずは、バーベキューだね。そのあとは、いよいよお楽しみ、噂の検証!」
どれから調べようと雫はいつにも増して嬉しそうな輝かしい笑顔を見せる。それとは対照的な草間の表情が、なんともいえずおかしく、面白い。思わず、素直に笑った成功を草間は軽く睨む。
駐車場に車が一台もなく、ここまで来るには徒歩では辛すぎるということであれば、自然とキャンプ場の状態も予想がつく。利用客は誰ひとりとしてなく、シーズンオフであるかのように閑散としている。が、特に不便はなく、不気味な雰囲気が漂っているということもない。
バーベキューの最中も、話題になるといえばそっち関係(心霊関係)であるのは顔ぶれがそうである以上、仕方がないのかもしれない。だから、食休みの最中もそうであることも仕方がないのかもしれない。
「全部は調べられないなー。どれを調べようかなぁ。館の絵画もいいけど、もはやキャンプ場の定番ともいえる殺人鬼も捨てがたいし、ボートと美女も気になっちゃう」
雫は数ある噂のうち、どれを検証したものかと悩む。嬉しい悩みであるらしいことは、その困ってはいるが嬉しそうな顔を見ればわかる。が、答えは出そうにない。
「手伝おうか?」
成功が言うと、待ってましたとばかりに雫は激しく頷いた。
「あっりがとー! じゃあ、どれを調べてくれる? あたしはどれも甲乙つけがたくて決められないから選んでくれると嬉しいな」
「それじゃあ……湖の美女がいいかな」
少し考えたあと成功はそう答えた。湖で泳いでみるつもりで支度をしてきたから、ちょうどいいかもしれない。
「湖の美女の噂だね。さっき、零ちゃんが言ってたけど、湖のある場所……小さい島があるらしいんだけどね、そこでものを投げ入れると綺麗なおねーさんが、落としたものとそうじゃないものを持って、落としたものはどっちって訊ねてくるんだって。基本的に落としたものよりいいものを手にしているらしいけど、落としたものよりよくないものを持っていることもあるっていう噂だよ」
「ふぅーん。じゃあ、小さい島に行って、本当に美女が出てくるかどうかを確かめてくればいいわけだな?」
「うん、お願いねっ」
「ん、お願いされた」
成功は任せておけと胸を叩き、答えた。
◇ ◇ ◇
少し塗料が剥げた付近案内図の看板によると、湖はキャンプ場から森へと続く遊歩道を抜けたところにあるらしい。遊歩道を散歩がてらのんびりと歩き、風に撫でられさわさわと音をたてる枝や葉の緑を楽しむ。風がほんの少し冷たくなってきたところで、不意に視界がひらけ、湖が姿をあらわした。
誰の姿もなく、しんと静まり返った湖の西側にはボート乗り場があり、東の方には木々に囲まれた洋館風の建物がある。透き通った湖面の向こう、湖の中心のあたりに小さな島のようなものが見えた。あれがおそらく目的の場所なのだろう。距離的には大したことはない。
早速、用意してきた競泳用の水着に着替え、軽く身体を動かしたあとに気合を入れて湖へと臨む。足を踏み入れる前に、ふと湖面を覗きこんでみる。静かな湖面は話に聞くとおり、鏡面のように自分の姿を映し出す。足先を水につけると、ひんやりした感覚が全身をつき抜けた。静かな湖面にさざなみがたち、映る自分の姿がゆるやかに歪む。
「さて、では、行ってみますか……!」
湖は岸辺から少し離れると不意に深くなる。泳ぎだしてしばらくすると、まだ大した距離を泳いでいないというのに疲労を感じはじめた。思ったよりも冷たい水に体温を奪われたせいなのか、それとも……。
そういえば、泳いでいると藻が絡むような、足を引っ張られるような感覚を受け、水中を見やると白い手が何本も漂い、自分の足を引っ張ろうとしていた……という怖い話を聞いたことがあったような……何もこんなときに思い出さなくていいのに、そういうときに限って何故か思い出してしまう。……よくあることだ。
とにかく、ひたすら泳ぐべし。
なるべく何も考えないように、ただ目的に島を目指す。静かな空間に自分のたてる水音だけが響く。なんだかこの世の中には自分しかいないような、孤独な戦いを経て、ようやく小さな島へと辿り着く。
「おっかしいなー? 体力、落ちたのかな……」
島から岸辺に振り返り、なんともいえない表情で呟く。距離にしても時間にしても大したことはなかったはずなのに、何故か、妙に長く感じ、疲労を感じている。少し、ここで休もうかと思ったが、しばらくすると水からあがって体温が戻ってきたせいか、疲労を感じることもなくなった。
ならば、早速、雫から頼まれたことを実行してみるかと小さな島を見まわす。厳密な場所というものがわからないので、なんとなくそれっぽいと自分が感じた場所に向き直り、うーんと考える。それから、いそいそと水着を脱いで、ぽいっと投げ捨てた。周囲には誰もいないし、美女の話もなんだか胡散臭いし、嘘っぽい。それに似た斧を落とす話があったはずだし、誰かがそれを真似て口にしたのではないかと思えてならない。そういう意味では斧をもった殺人鬼も某映画が影響しているような気がする。どんな姿をしているのかは知らないが、ホッケーマスクをつけていたりするに違いない。
そんなことを考えていると、不意にざぱーんという水音がした。
「な、なにっ?」
静かな空間に突如と響いた音に驚き、周囲を見まわす。と、目の前に長い髪が美しい、清楚な雰囲気を漂わせた美女がいる。一瞬、ぽかんとしたものの、今の自分の姿にはっとする。
「おまえが落としたものは、この男物の水着か? それとも、この女物の水着か?」
美女は涼やかな表情と声でそう問うてきた。成功の姿を見ても表情ひとつ変えない。
「え……あ、こっち……です……」
成功は男物の水着を指差した。それは確かに今しがた投げたばかりの、自分のもの。美女が片手にしているものは女物の競泳用水着ではなく、所謂、ビキニと呼ばれるものだった。噂ではグレードアップしていたり、グレードダウンしている場合があるということだが、これは果たしてどちらなのか……成功は迷う。
「そうか、こちらの水着だな? 相違ないな?」
「あ、はい」
成功はあっさりと答え、頷いた。
「本当にこちらで良いのだな?」
「ええ」
「本当に、それで後悔しないのだな……?」
美女は何故かしつこく問うてくる。こうなると後悔はないものの、それではいけないのかという気になってくる。
「え……いや……やっぱり、そっちだよ、うん。そっちです」
正確に言うと、そっちじゃないと困る。すると美女は妙に間を持たせながら成功を見つめた。そのうちファイナルアンサー? とか言い出すのではないかとどきどき(?)したが、それはなく、美女はこくりと頷き、成功に男物の水着、つまりは自分の水着を寄越した。
「正直者のおまえにはこの女物の水着もやろう」
「え。いらない……」
まず、自分には使い道はない。姉にプレゼントしてみるというのも悪くはないが、サイズがあうのかどうかもわからない。ただ、デザインがどうにも大胆なような気がするのでプレゼントしたあとに何を思われるのかが不安になる。
「まあ、そう言わずに」
「いえ、本当に、結構ですから!」
女物の水着を持っているところを草間に見られたらどんな顔をされるかわからないので、成功はにこやかに、しかし強引な笑顔で辞退した。美女は成功の言葉に胸をうたれたという表情で湖のなかへと消えた。
「うわー、むちゃくちゃ胡散臭い話なのに、本当だったぜ……」
ちょっとどきどきしたかも。成功はしばらく静かになった湖面を見つめていたが、やがて、深呼吸をひとつ、心を落ちつけるとその力を使い、鏡を作り出した。
そして。
ぽーい。ぼしゃん。鏡を美女が現れた湖面へと投げいれる。グレードアップなのか、グレードダウンなのかいまいちよくわからないが、とにかく美女の話は本当だった。ここで自分の鏡を投げ入れてみれば、もしかしたらグレードアップした鏡、つまりは新たな力に目覚めるかもしれない。……逆にグレードダウンするかもしれないが。
しかし、それでも賭けてみる価値はある。
「もし、これで凄い力に目覚めたら、もう姉貴や兄貴に地味な能力だなんて言わせはしないぜ……!」
ぐっと拳を握り締め、美女の登場を待つ成功の前に、再び、水音を響かせ、美女が現れる。やった、出てきてくれた! 成功は喜ぶ。
「おまえが落としたのは……ん? おまえは先程の正直にして謙虚な若者か。ううーむ、本来ならば一度だけなのだが……」
美女は不都合があるのか、困ったような顔をする。
「え?」
もしかして、回数限定だった……? 大切なチャンスを水着で使い果たしてしまったのだろうかと呆然としかける成功に美女は微笑んだ。
「しかし、おまえは正直者にして謙虚、特別にはからおう」
「やったー! ……あ、いえ、今のは心の言葉で……」
「おまえが落としたものは、この鏡か? それともこの鏡か?」
美女はコホンと咳払いをする真似をしたあと、成功が落とした鏡とそれよりもちょっと立派に見える鏡を手にそう問うてきた。
「こっちの鏡です」
成功は自分が落とした鏡を指差した。すると、美女はしつこく訊ねるようなことはせず、うむと頷いた。
「おまえならばそう答えると思っていた。では、この鏡を返そう」
成功は鏡を受け取り、そして、はっとした。もしかして、正直者で謙虚なことを理由にこのまま帰ってしまうのでは……?!
「そして、この鏡を受け取るがいい」
「ありがとうございます……!」
成功はちょっと立派に見える鏡を受け取り、それを確認すると美女はにこやかに湖のなかへと姿を消した。
この鏡にはいったいどんな力が秘められているのか、自分はどのような力に目覚めたのか……成功は胸を高鳴らせながら、ちょっと立派な鏡を手にする。鏡はやがて光となり、成功の身体のなかへと消えた。
「……」
成功はやや緊張しながら鏡を作り出してみる。そして、がっくりとその場に手のひらをつけ、膝をつけた。特に新しい力に目覚めた様子はない。いや、ある意味、新たな力なのか……見た目がちょっとだけ立派な鏡が作り出せるようになった。
「詐欺だ……」
がっくり。
<3>
「噂は、本当だったよ……」
「美女、出たんだ! ……でも、なんか疲れてない?」
眼差しが遠いような気がするよと雫は小首を傾げる。成功は渇いた笑いを浮かべ、小さくため息をついた。
「そっちはどうだったわけ?」
「殺人鬼はいないみたい……なんか、昔はそれっぽいのがいたらしいんだけど、もういないっぽい」
どうにも不満げに雫は言うが、いないならいない方がいいような気がする。だいたい、出会ったらどうするつもりだったんだと思う。
「旅館はここからすぐみたいだよ」
雫が言うとおり、キャンプ場からわりと近い場所に宿泊する旅館はあった。かなり古くからある老舗のような雰囲気を漂わせていたが、客の姿はほとんどなかった。しかし、キャンプ場が驚くほど空いていたので、なんだかそれにも慣れてしまっている。
「部屋は男女でわけたから。じゃあ、あとでね」
案内された部屋は和室で、四人分の布団を敷いたらそれでいっぱいで、おそらく五人目は無理だろうという広さだった。柱も壁もいい具合に傷んでいるが、それがかえって歴史を感じさせる。窓からの眺めは良く、森のせいで湖の全景を見ることはできないが、それでも、一部は見ることができる。山を背景に湖、森という眺めはある意味、絵になる。
「しかし、ここに来ることになるとはなぁ……」
窓の外を眺めていた成功は、その言葉に振り向いた。狗神は感慨深げに室内を見まわしていたが、成功が見つめていることに気づくと、なんともいえない笑みを浮かべた。
「いや、父がこういうところと関わりの深い仕事をしているものだから。自然といろいろな話が入ってきてね」
「どんな話?」
特別に興味があったわけではないが、会話の流れとしてごく自然にその言葉が口をついて出た。
「それは、今日の夜に話してあげるよ。七人で百話ということは、ひとり約十四話は話さなくちゃいけないということだね」
考えてみれば、そうだった。成功はいまさらながら百物語のことを思う。ただ聞いていればいいわけではない。絶対に、話せと言ってくるだろう、雫は。それに、狗神の言葉からもわかるように、自分は見事にカウントされている。……当たり前といえば、当たり前のことだが。
「うーん、そんなに怖い話、あったかな……」
それ以外にも不安がなくもない。何故なら、自分は……夜に弱いからだ! 成功は自慢にならないかと小さくため息をつく。
「十話くらい話してくれれば、僕と雫ちゃんで補えそうだけど」
「百物語ってどれくらい時間がかかるかな? 俺……」
夜に弱いんだよとは少し言いにくい。成功は曖昧な表情で返答を待った。
「どうだろう。ひとり三分で話したとしても五時間くらいかかるからね」
「うわー……もう、始めた方がいいんじゃないかなー」
そうしないと、俺、寝ちゃうかもよ……と成功は心のなかで呟く。しかし、寝たら寝たで雫が叩き起こしてくれそうな気もする。
「成功くん」
「ん?」
「君だったら、開けてはいけないという開かずの間、開けられる機会があったら、開けてみる?」
狗神は悪戯っぽい笑みを浮かべながらそう問いかけてきた。成功は答えようと口を開きかけ、にこりと笑う。
「それは、夜に答えるよ」
そして、そう言った。
−前編・完−

【整理番号/PC名/性別/年齢/職業・クラス/登場ゲーム】
3507/梅・成功/男/15/中学生/東京怪談
こんにちは、成功さま。
このたびは百物語な物語(クドイですが)に参加してくださってありがとうございます。とはいえ、百物語は後半だったりしますが。
前編は後編のオープニングを兼ねているとのことで、別途オープニングはありませんが、これではプレイングが書きにくいかと思いますので少々補足させていただきます。
書いていただきたいことは、仮装(密かにこれがメインです)の内容です。指定がなければこちらで決めさせていただきますが、成功さまが何に仮装するのか楽しみにしていますので(おまえがかよというツッコミはナシで)できればよろしくお願いします。
怖い話についても同様です。とくに指定がなければこちらで話を決めさせていただきます。文字数もありますので、余裕がなければこういった感じの話をする(海の怖い話だとか、学校とか)と書いていただければと思います。
あとは怖がるかどうか、乗り気なのかどうか、狗神の問いかけにも答えていただけると嬉しいですが、こちらもプレイングに余裕がありましたらで結構ですので。もうひとつ、何があろうと決して振り向いてはいけないと言われたら、背後でどれだけ気になる声や音がしても振り向かないか、それとも、振り向くのか……これも、余裕があったらということで(おい)
最後になりましたが、楽しく書かせていただきました。久しぶりということもあって暴走気味かもしれませんが、楽しんでいただけたら是幸いです。
また、後編でお会いしましょう。
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