百話目が終わるとき(後編)

Writer:穂積杜
Illust:深遊




 <1>
 夕飯まではまだ時間があるということなので、どうやって時間をつぶしたものか。とりあえず、部屋に置いてあったお茶とお菓子をいただきながら考えることにした。
「夕飯まで時間がありそうだけど、何する?」
 急須に茶葉を入れ、とぽとぽとポットのお湯をそそぎながら問うてみる。
「休む」
 草間からの即答はそれだった。
「えー、せっかくこういうところに来たんだし、やっぱり、卓球はやっておかないと!」
 卓球台があるとは限らない。だが、この雰囲気ならばきっとある。成功は確信しながらにこやかに言う。
「元気だな……」
「おう、それが、取り柄!」
 ぐっと拳を握り締め、答える成功に草間は乾いた笑いをもらす。
「だが。俺から言わせてもらえれば、せっかく、こういうところに来たんだからゆっくりさせてくれという感じだな……」
 え? いつもヒマそうに見えるんだけど……というここまで出かかった言葉はやはり禁句なのだろうかと思いつつ、成功は湯のみへと茶をそそぎいれる。
「じゃあ……」
 三下と狗神はどうだろう。ちらりと視線を送ってみる。
「僕も夜に備えてゆっくりしておきたいです。今日は眠らせてくれないと思いますし。あ、お茶、ありがとうございます」
 三下は嬉しそうにお茶を受け取り、丁寧な仕草で口をつける。そして、ほっとした顔で小さな吐息をついた。
「僕はちょっとやることが……そうそう、ここの露天風呂、景色がいいらしいよ。効能は忘れたけど、温泉らしいし、行ってみたら?」
「んー、それじゃあ、そうしようかな」
 誰も卓球に付き合ってくれそうにないし、他にやることもない。時間つぶしにはちょうどいいかと成功はお菓子を口に入れたあと、お茶を一気に飲み干した。
「あ、そうだ。この時間なら大丈夫だとは思うけど……」
 そろそろ暮れはじめた茜色の空を見やり、狗神は続ける。
「妙な気配を感じたときは、絶対に振り向かない方がいいよ」
「? ああ、わかった」
 一瞬、何を言われたのかわからなかった。成功は目をぱちくりさせたあと、何がどうしてそうなるのかよくわからなかったが、それでもとりあえず素直に頷いておいた。
 ◇ ◇ ◇
 浴衣を手に露天風呂へと向かう。
 迷うことなく辿り着いたそこには混浴と書いてあった。
「!」
 混浴ですか! しかも、水着着用とかいう注意書きはナシですか! 驚きと、僅かな期待を胸に引き戸をがらがらと開けてみる。
「……」
 がらーんとした脱衣場には誰の姿もない。荷物もない。ほっとしたような少し残念のような複雑な気持ちを抱えつつ、カゴのなかに脱いだものをぽいぽいと投げ入れる。タオルだけを手に、奥にある引き戸をがらりと開けるとまず岩風呂が目についた。その向こうには夕焼けに染まる山並みが広がっている。
 脱衣場に荷物がないわけだから、当然、誰の姿もなかった。景色のよい露天風呂を独り占め状態という現状に気を良くしながらとりあえず身体を洗い、髪の毛を洗う。そのあとで湯船へと身体を沈める。
 ほどよい湯加減、茜色から藍色へと変わりつつある空、たちのぼる湯気とそれを薙ぐ冷たい風。頭にちょこんとタオルをのせ、鼻歌まじりに周囲を見やる。山並みの他にいくつか建物が見えた。他にも旅館があるのかもしれない。そんなことを考えていると、不意に何者かの気配を感じた。引き戸を開ける音など聞こえなかったから、誰かが入ってきたということはない。
 ふと目の端に何かを感じる。白いそれは誰かの背中だろうか。直感的にあまり見ない方がいいと感じ、目をそらす。すると、湯船のなかに浮かぶそれがすーっと横に移動した。明らかに不自然な動きに思わず息を呑む。普通の人間は湯船に波をたてずにあれだけの速度で水平に移動することはできないだろう。とりあえず、自分にはできそうにない。
 成功はなるべくそっちを見ないようにしながらそっと湯船からあがった。そのまま振り返らずに脱衣場へと向かう。その間、ずっと背中に視線を感じていたが、とにかく見ないようにした。着替えている間も視線を感じた。脱衣場から去り際、ちらりと引き戸の方を見やる。引き戸の向こうに張りつくようにこちらを見つめている顔と手のようなものを確認し、ぶるりと身体を震わせるとそそくさとその場をあとにした。
 
 <2>
 良く言えば妙な創造性を押し出すことなく無難にまとめられた、悪く言えば独創性のかけらもない典型的な和風の夕食のあと、中庭に出て冷えたスイカを片手に花火を楽しむことになった。
 純和風という言葉が似合う庭で花火を楽しむなか、ふと先ほどの露天風呂のことを思い出し、自らが花火を手に取ることなく、ただ眺めているだけの狗神に問うてみる。
「あのさ、露天風呂のことなんだけど」
「ああ、何か、あった?」
 狗神は苦笑いを浮かべる。その苦笑いを見ていると露天風呂のアレのことを知っているように思えた。
「よくは見なかったんだけどさ……あれ、なに?」
「さあ……僕は見てないからね。ただ、夜にひとりで風呂に入っていると出るらしい。気を失う人が多いそうだよ。……怖かった?」
 狗神に問われ、成功はふるふると首を横に振った。
「怖いというよりはちょっと気味が悪い、かな。粘着質気味な視線はやだなぁ」
 そう答えてから、成功は深いため息をつく。
「幽霊なんかより、うちの姉貴や兄貴の方が怖いって思うのさ。幽霊は怖がらせるだけだけど、むこうは剣や衝撃波が飛んでくるんだぜ?」
 いやになっちゃうよと成功は再びため息をつきながら、肩を竦めてみせた。狗神は答えず、ただなんともいえない笑みを浮かべる。その向こうでは碇が投げたネズミ花火に追いかけられた三下がぱんという弾ける音に悲鳴をあげていた。
 ◇ ◇ ◇
 花火を終えたあと、部屋に戻って仮装の準備をはじめる。
 何にしようかいろいろと考えた結果、自分が得意とする水泳から連想し、河童に決定した。水着に着替え、その上から全身を緑色に塗っていると、近くでそれを見ていた草間が呆れた声をあげた。
「おまえ、凝っているなぁ……」
 そう言う草間は黒いマントを羽織っているだけだった。
「あれ、それで終わり? っていうか、それ、なに? なんの仮装?」
「え、見てわからないのか?」
 成功はこくりと頷いた。わからないから訊ねているのだ。わかっていれば訊ねない。
「古典的に吸血鬼」
「うーん、もう一声」
 せめて牙をつけるとかすればいいのにと思いながら、お手製の甲羅を背中につけて紐でくくる。そのあと、頭に皿をのせ、背中と同様、紐で固定する。そして、河童のできあがり。
「俺を見てみろよ。どこからどう見てもアレだろう?」
「河童か、はっ!」
「……なんか、今の言い方、かちんとくるなー。でも、見てすぐにわかるんだから、アンタよりはるかにマシ!」
 そう返すと草間は言葉に詰まった。……なんとなく勝ったような気がした。成功は思わず、ぐっと拳を握る。
 他のふたりはどうだろう。成功は草間から三下へと視線を移す。三下は白い着物に着替え、頭に三角形の布をつけている。古典的、典型的ともいえる幽霊の仮装らしい。
 狗神はホッケーマスクをつけて、小さな斧を持っている。成功が見つめていることに気がつくと、軽く斧を掲げた。
「本当はチェーンソーにしようと思ったんだけど、仮装のために買うにはちょっと高すぎてさ」
「危ないからそれでいいと思うよ……というか、それも十分に危ない気がするけど」
 そこまで仮装にすべてを、金をかけなくていいのではないかと成功は思う。そうしていると扉がコンコンと叩かれた。どうぞと声をかけると赤いコートを羽織り、口に大きなマスクをした碇が現れた。
「ワタシ、キレイ?」
「それなりに」
 草間の答えにため息をつき、碇はマスクを外す。
「口裂け女か。暑そうだな、これはまた」
「あなたもね」
 そう答えて碇は場を見まわし、三下で視線を止めるとため息をついた。
「わかりやすいというか、ひねりがないというか……」
「す、すみません……」
「幽霊に殺人鬼に河童……と、そういえば、あなた、顔にキズを入れるのを忘れているのではなくて?」
 碇は草間を見つめ、言う。それから、思い出したように付け足した。
「だいたい、それって魔物じゃないでしょうに」
「なんのことだよ。俺は吸血鬼だって」
「あら、そうなの? 某凄腕の医者かと思ったのよ。他にも思い当たりそうなキャラがいくつかあるわね。もうひとひねりほしいところかしら。三十点」
 碇はあっさりとそう言い放つ。
 再び、扉が叩かれ、白いワンピースに頭には小さな白い輪、背中には小さな羽根をつけた零と頭にネコミミをつけた雫が現れた。
「化け猫だよん。にゃーお」
 ぐーに握った拳を軽く動かしながら雫はにこやかに言う。
「天使です」
「天使って……まあ、いいのかな?」
 魔物や妖怪、そういった類だから構わないのかと狗神は小首を傾げつつもそう言った。
「いいんだよ、よくなくても、許す!」
 可愛いから。成功はうんうんと頷く。同様に三下もうんうんと頷いた。
「でも、化け猫か。もっとマニアックなものを選ぶと思ってたよ」
 仮装百物語を言い出した張本人だし、怖いモノに関して目がない雫だから見た人間がわからないようなマニアックな仮装をしてくるかと思った。が、案外と普通だ。成功が言うと、雫はにこにこと笑顔で答えた。
「うん、いろいろ迷っていたら時間がなくなっちゃって。メデューサとかハーピーとかも考えたんだけど。ふたくち女とかうぶめとかも捨てがたいかなーって。油すましとか唐傘小僧なんていうのも考えたんだけど、ああ、それと……」
「いや、時間がなくて良かったな」
 まだまだつらつらと妖怪の名前を連ねそうな雫に草間はそう言って話を無理やりに終わらせる。
「さて、それじゃあ百物語をはじめましょうか。さくさくいかないと朝になるまでに終わらないわ」
 時計を見やり、碇は言った。
 
 <3>
 蝋燭を用意し、火を灯す。
 その蝋燭をとりかこみ、部屋のあかりを消す。
 どこからか吹きこむ風に頼りなく揺れる蝋燭の炎に、壁にうつる影が揺れる。
「雰囲気はばっちりだね。それじゃあ、あたしから話そうかな」
 雫はそう言って場を見まわす。これといって反対意見が出ないことを受け、小さく頷くと百話という長い道のりの第一歩、一話目を語り出す。成功はそれにあわせてこっそりと鏡を作り出した。付近に何かいないだろうかと写し出してみる。……とりあえず、何もいない。だが、これから話を進めていくうちにどうなるのか。
「これは友達の親戚が体験した話なんだけど……横須賀のある道路なんだけどね、結構、そのあたりって妙なことが起こることで有名らしいんだ。もちろん、出るっていうことでも有名。その日の夜、友達の親戚の……仮にAさんにしておくね、そのAさんと両親が車で自宅に帰るためにその道を通りかかったんだって。深夜というわけではなかったから、他にも車は走っていたけど、少なかった。ある信号の前で止まっていたら、対抗車線から走ってきた車が信号を渡っている人をはねてしまったの。すごい音がして、Aさんもはねてしまった人もびっくりした。慌てて車からおりてはねられてしまった人を探したんだけど、どこにもいない。ぶつかったはずの車もなんともなかった……という話。Aさんとはねてしまった人だけじゃなくて、他の人も見ていたらしいよ。一話目だからまずは軽いやつにしておいたよ。じゃあ、ひとつめの蝋燭を消すね……」
 雫は目の前にある蝋燭に息を吹きかける。蝋燭の炎はふっと消え失せた。
「次は誰が話す?」
 三下が胸の高さまで手をあげた。
「じゃあ、僕が話します。横須賀で思い出しました。やはり横須賀の……どこなのか場所は忘れてしまいましたが、ある道路の話です。名前はとりあえずBさんにしておきます。その日、Bさんは残業で帰宅が遅くなってしまいました。遅いとはいえ、車で通勤しているのでバスや電車がなくなって帰れなくなるということはありません。Bさんはいつものようにいつものルートで自宅へと向かいました。普段ならすれ違う車もあるのですが、遅いせいか、一台も車は通りません。Bさんは夜道に不安を覚えながら車を走らせました。そうすると、進行方向の前方を誰かが歩いていることに気がつきました。こんな時間に危ないなと思いつつ、よく見てみると、なんだか様子がおかしい。どこかぼろのような服を着て、何かを引きずっている。Bさんは気味が悪くなりました。なんとなく追い抜かしたくなかったBさんは迂回をし、遠回りして自宅に帰ることにしました。そして、自宅まであともう少しというとき、またも前方に歩いている人影を見つけました」
 三下はそこまで話すと小さく息をついた。それから、続きを口にする。
「どこかぼろのような服、何かを引きずっている……そう、先ほど目撃した人でした。しかし、先ほどの場所から今、目撃した場所まではとてもではありませんが、Bさんが遠回りをしている時間だけで辿り着けるものではありません。Bさんはこのまま自宅に帰ったらなんだかそれを呼び寄せてしまう気がしてそのまま近くのコンビニへ行き、朝までそこで過ごしたということです。……では、蝋燭を消しますね」
 三下は蝋燭に息を吹きかけた。二本目の蝋燭の炎が消える。
「この調子で行けば案外と早くに終わりそうね」
 いい調子だわと碇は言う。
「では、さくさく行くとするか。次は俺が話そうか……」
 ◇ ◇ ◇
 それぞれがなるべく短い話を選んでいるせいか、それほどの時間をかけず……とはいえ、数時間がかかっているが、かなりの数の蝋燭が消えた。残る蝋燭は十本に満たない。
 蝋燭が消えるたびに部屋は暗くなっていき、闇が増す。鏡をちらりと見やると得体の知れない影がいくつか写りこんでいる。話している間も鏡を何度か確認しているが、少しずつ影は増え、次第に濃くなりつつあるような気がする。
「さてと、そろそろ終盤か……それでは、とっておきの話を出そうかな。そんなに怖い話ではないんだけれど……昔からあかずの間と呼ばれる空間はいろいろなところにあるよね。例えの意味もあるし、本当にあかずの間である場合もある。大抵の場合、あかずの間と呼ばれる部屋には喜ばしくはない何かがある。実は、この旅館にもあかずの間と呼ばれている部屋があるんだ」
 狗神は場に不似合いなにこやかな笑顔でそう言った。
「えー、本当に?!」
 喜び、瞳を輝かせる雫も場に不似合いといえば不似合いといえるかもしれない。
「成功くん」
 不意に名を呼ばれ、成功は狗神を見つめる。
「え? なに?」
「開けてはいけないという開かずの間、開けられる機会があったら、開けてみる?」
 それは夕刻に問われたことだ。成功はあのときの問いに今こそ答えることにした。
「うん、絶対開けてる」
「そっか。なかなか勇気があるね。ここに鍵がある」
 狗神は手のひらにある鍵を成功へと見せる。
「開けられる機会があるわけだけど、どうする?」
「そりゃ、もちろん。開けるよ」
「何が起こるかわからないよ? それでも?」
「おう!」
 成功が元気よくそう答えると狗神は鍵を成功へと手渡した。
「では、開けてきてくれるかな。僕にはまだ開ける勇気がないんだ……」
 そう答えた狗神の表情は複雑で顔に浮かぶ笑みは苦笑いにも儚いものにも見えた。が、それも一瞬のこと、狗神はにこりと笑う。
「この旅館のあかずの間の謂れはそれから話すよ」
「わかった。で、どこにあるんだ?」
「離れがあるんだ。外に出て、まず左へ行く。それから、石畳に従って細い道を進む。やがて小さな家屋が見えてくる。それが離れだ。これはその離れの鍵」
 狗神が言うには、その離れこそがあかずの間であるらしい。成功は古びた鍵を受け取ると、すくっと立ちあがる。
「じゃあ、僕たちはここで待っているから」
 狗神らに見送られ、成功は部屋をあとにした。
 
 <4>
 手持ちのあかりは、一本の蝋燭。
 その蝋燭のあかりを頼りに、旅館の外に出て、言われたとおり左へと進む。やがて見えてきた石畳に従って垣根のある細い道をしばらく進んで行くと確かに暗闇に家屋が浮かびあがった。夕方に露天風呂から見えた建物のひとつはこれなのかもしれない。
 細い道の突き当たりに引き戸が見えてきた。
 手渡された鍵を見つめ、鍵穴へ。
 確かなてごたえがあり、鍵がはずれる。
 建物であるため、今ひとつあかずの間という気はしないが、それでも多少の緊張をしつつ、引き戸に手をかける。
 がらがらがら。特に抵抗もなく引き戸は開き、段差のある玄関がまずは目につく。当然の如く、玄関に靴はない。その奥に廊下とは呼べぬほどの空間があり、襖が見える。
 これがあかずの間なのだろうか。
 成功は少し考えたあと、靴を脱ぎ、床の上を歩いた。そして、襖にそっと手を伸ばし、深呼吸を一回、襖を開ける。
 部屋のなかは、暗い。
 だが、その暗いなかに何かがぼんやりと見える。
 何かがいる……!
 反射的に手にしていた蝋燭を部屋のなかへと翳す。
 仄かな、頼りなげな光に浮かびあがったものは。
「あ、な、なんだよ……!」
 俯いて座っているのは部屋で待っているはずの草間たちだった。そこで成功はこれが自分を驚かすためのものであったことに気づく。まんまとしてやられた、緊張して損したと思いながら、少し慌てた照れを隠すためにやや乱暴に輪のなかへと加わる。
「みんなして先回りとは恐れ入ったぜ……」
「最後の話を……」
 誰の声かはわからなかったが、誰かがそう言った。
「え?」
 蝋燭のあかりは自分が手にしている一本だけだった。成功はそれを見やり、そっと中央に置いた。
「俺がいないうちに話を進めちゃったわけか? なんだかなぁ……しかも、締めに俺を選ぶなんて。まさか最後にまわってくるとは思わなかったからな……」
 締めの話のくせに怖くないと文句を言われたらどうしよう。この面子は妙に怖い話に慣れていそうだから、ついそんなことを考えてしまう。成功はコホンと咳払いをする真似をしたあと、口を開いた。
「もう随分と昔、戦争も終盤に差し掛かった頃のある小学校の話だ。何もかもが足りない時代だったから、満足に授業なんて行えなかった。運動会とかそういった行事もろくにできなかったんだそうだ。でも、毎年、行われている合唱コンクール……当時は違う言い方だったのかもしれないけど、とにかくそれだけは行うことにした。暗くなりがちな気持ちを少しでも明るくしようとしたのかもしれないな。で、その日も生徒たちは先生と一緒に合唱コンクールに向けて歌の練習をしていた。彼らは懸命に歌っていた。そんな彼らの声を掻き消すように響き渡ったのは空襲を知らせる警報だった。先生の指示に従って、生徒たちは防空壕に非難した。けど……不幸なことにそこに焼夷弾が命中してしまった。なかにいた全員が死亡してしまう惨事となった。それからほどなくして戦争は終結、防空壕の跡地からは生徒たちの哀しげな合唱が聞こえてくるということだ……今もその季節になるとどこからか歌声が響いているらしいよ。どこの小学校か知らないけど」
 成功はそう言葉を締めくくり、場を見まわした。蝋燭のぼんやりとした光のせいか、やけにみんなの顔が青白く見える。
「かわいそう……」
「無念なのね……」
 それ以上、誰も何も言わないが、何か言いたげに見える。
 なんだろう?
「……あ、そっか。蝋燭を消すんだっけ……」
 成功は蝋燭を手にする。
 自分が語った話が百話目。蝋燭を吹き消せば、百物語は完成したことになる。
 何か起こるのか、それとも何も起こらないのか。
 ふっと蝋燭に息を吹きかける。
 蝋燭の炎が一瞬、大きく揺れ、そして、消えた。
「終わったわ……」
「終わったな……」
 最後の蝋燭が消えたため、部屋のなかは真っ暗で何がどうなっているのかわからない。感慨深い声だけが聞こえるが、誰の声なのかわからなかった。
「終わったけど……何か起こった?」
 成功は暗闇のなか、みんなに呼びかける。だが、返事は誰からもない。何か答えてくれてもいーじゃんと少しいじけながら周囲を探る。しかし、何も触れない。誰も動いた気配がないというのに、右にも左にも誰もいない。
「おい!」
 しんと静まり返った部屋のなかに成功の声だけが響く。誰の息遣いも聞こえない。
「おいおいおい……今度は集団消失かよ……」
 またも除け者なのかと思いながらため息をつく。と、がたんと奥の方で大きな音がした。反射的に身体がびくりと動く。音がした方向にはどうやら窓があるらしい。雨戸を開けているらしく、少しずつ部屋のなかに外の淡い朝の光がさしこんでくる。
「無事か……! ……無事だな」
 雨戸が開き、最初に顔を出したのは草間だった。成功を見ると、緊張した表情は一瞬にして気の抜けたものへと変わる。
「よかった、全然、戻って来ないから……鍵もかかっていて引き戸は開かないし……」
 草間の背後にいた狗神がほっと安堵の吐息をつく。その言葉を聞き、成功は小首を傾げた。
「戻って来ないって……だって、場所、ここに変更になったんだろう?」
 部屋をあとにしてここに来てみると、すでにみんなはここに来ていて……成功は神妙な顔でそう告げたが、誰もが横に首を振る。
「だって、みんな、ここにいたぜ? 俺より早くここに先回りしていて……。それに、俺、百話目を話したぜ?」
「百話目を話した……?」
 狗神は成功の言葉に反応した。そのとおりなので成功はこくりと頷く。
「そうか……いや、成功くんが戻ってきたら話そうと思っていたここのあかずの間の話なんだけど、かつてこの部屋に大学生の男女が数人宿泊したんだけど、地すべりが起こって離れは崩壊、泊まっていた男女は亡くなってしまったんだ。それから、離れを建て直したんだけれど、夜になるとどこからともなく話し声が聞こえてくる。当然、誰も泊まりたがらない。やがて使用禁止、あかずの間と呼ばれるようになったんだそうだけど……ひとりだけ助かった人の話では、百物語をしていたとかなんとか……」
「……」
 あの感慨深い言葉は、つまり、そういうことなのだろうか。成功はなんともいえない顔で唸る。
「百物語、完成したのかもしれないね」
 狗神は言うが。
「完成してないよ! もう、朝になっちゃったじゃん! あたしの百物語は完成してないんだよ? 無念、残念、断固、やりなおしを要求しちゃうよ、あたしは」
 雫はぷんすか怒りながら言う。確かに、空は明るくなりはじめている。今から話すのもなんだと思えるし、もう話せる怖い話がない。
「やりなおしって、今からかよ? 勘弁してくれよ……」
 草間は冗談ではないとため息をつき、嘆く。
「昼間にやったって面白くないし。今日じゃない他の日にやりなおし。成功ちゃんもいい?」
「はい、了解」
 成功は軽い敬礼とともににこりと笑顔で答え、少し眩しそうに白み始めた空を見あげた。
 
 −後編・完−


【整理番号/PC名/性別/年齢/職業・クラス/登場ゲーム】
3507/梅・成功/男/15/中学生/東京怪談


こんにちは、成功さま。
メモリーノベルはこれにて完結です。
ご満足いただけたかどうかわかりませんが、これが現在の自分にできる精一杯、全力投球でむかわせていただきました。
またどこかでお会いできることを願いつつ、お別れとさせていただきます。
今回のご参加、本当にありがとうございました。