Calling Latter part
Writer:EEE
Illust:早真さとる
波が寄せては帰っていく。
心地よい音が、ただ聞こえてくる。
まるで、それは胎児が母の中で眠るかのようで。
ただ、気持ちがよかった。
* * *
「さて、どうしたものか…」
海岸、波が押し寄せるその場所で、タクマ・リュウサキは波音を聞きながら一人悩んでいた。
「ねータクマー。遊ぼうよー」
その横で、少し寂しそうにしている少女。本来その足はヒレのはずなのだが、今は何故か二つの足となってしっかりと大地を踏みしめている。
タクマとその少女は、親子と言われてもそれほど違和感はない。まぁそんなことを言う人間は、その場に誰もいないのだが。
(こんな自分の娘と言っても違和感のないような女の子とどうしろと…?)
そういうことを考えている時点で、少し親父が入っているような気もするのだが、タクマは気がつかない。そんなことよりも、今は必死に何をするか考えているのだった。
「むー…つまんなーい」
一切反応のないタクマに、少女――シアは一人拗ねてしまった。ぷーっと頬を膨らませてしまう辺りが歳相応で可愛らしい。
「あ、あぁ、悪いな…ちょっと何をしようか考えていてな」
「ならいいんだけさ。で、何するの?」
そう言われて、タクマはまた一人考え始めた。俺は、一体何をすればいい?
『海に思い出をください』
それが、シアと海の願いだった。
○思い出作り
何時までも考えているわけにもいかず、タクマは考えるよりも動くことを選んだ。
まずは、シアが行っていた通り、望めば向こうの海に戻れるのかどうかを試してみた。
目を閉じ願ってみれば、次の瞬間には先ほどとは微妙に違う景色。どうやら本当のようだ。
そのまま空を見上げてみれば、一面に広がる海があり、その中でシアが手を振っていた。
「ふむ…」
とりあえずそれに手を振りかえし、タクマは歩き始めた。向かう先は、自分が乗ってきた車の元。
「よし、あったあった」
トランクを開けると、そこには様々な道具とともに、クーラーボックスが載せてあった。それをあけると、中からは複数の飲物や、今日昼に食べようと思っていた食べ物が出てくる。
それを確認して、タクマはクーラーボックスを閉め、また歩き始め…そこでまたトランクへと戻る。
「これでよし、と」
さらに一通りの道具を抱え、タクマは今度こそ海岸へと歩き始めた。
ふっと、景色が変わる。この感覚は、きっと何度やっても馴れないだろうな、などとタクマは思う。
「あ、お帰りー♪」
声に振り向けば、海の中から手を振る少女。言うまでもなくシアである。
「何しに行ってたの?」
「ん? ちょっと色々ととりにな。上がってこれるか?」
「うん、ちょっと待っててね」
シアはそれだけ言うと、海の中に潜ってしまった。そしてそのまま数分、また二本の足を生やしたシアが砂浜へとあがってきた。
「人魚というのは、そういうことが普通に出来るのか?」
「うん…って言っても、もうボク一人しかいないんだけどね」
ふっと小さく寂しそうに笑うシアに、タクマは一つのことを思い出した。
「人魚姫とはちょっと違うんだな」
「? 人魚姫って何?」
あぁ、そう言えば彼女は自分の世界とは違う世界の住人なのだと思い出し、タクマは一人小さな苦笑を浮かべた。
「そのことは食事をしながらでも話そう」
言いながら、タクマはさっさとポータブルのテーブルを組み立て始めた。
持ってきていたのはレトルトのカレーとやはりレトルトの白米、そしてお茶や缶詰などなど。軽く暖めることが出来ることを考えれば、これでも十分だった。しかし、一人で食べるにはなんら問題はないが、味気ないものであることも確かだった。
「わっ、これ不思議な味だけど美味しいー♪」
それが、今だけは違う理由。それは、目の前でそれをいかにも美味しそうに食べるシアだった。
勿論彼女はタクマの持ってきたものは食べたことがなく、それゆえに素直にその新鮮さに驚き、味を楽しんでいた。
目の前で幸せそうに目を細める彼女を見ていると、こちらまで嬉しくなってくるような気がする。タクマは、自分でも気付かぬうちに小さく笑みを浮かべていた。
それにしても、シアはよく食べる。一応食事は数人分持ってきていたのだが、それが彼女のおかわりによってどんどんなくなっていく。
(…レトルトでよかったな)
心底そう思うタクマだった。
「そういえば」
「ん?」
食事に夢中だった彼女が、ふと思い出したように呟く。
「さっきの人魚姫ってお話、聞かせてよ」
「あぁ――」
そんなことを言ったかな、などとおどけながら、タクマはゆっくりと話し始めた。
「――最後は、自分から海に飛び込み、泡になってしまいましたとさ」
「ふぅん…なんだか羨ましい、その子」
最後まで聞いたところで一度息を吐き、しみじみとシアは呟いた。
「羨ましいか?」
「うん、とっても。だって、最後はその王子様に深く愛してもらえたんだし…それに、彼女も消えたわけじゃない。そりゃ確かに、泡にはなっちゃったけど…ボクだって、そんな体験したらそうするだろうし…」
「…それで、残された王子様が深く悲しんだとしても?」
タクマがそう問うと、シアは小さく笑った。
「そうだね。そこまで深く愛した人なら、絶対に殺したりできないもん。他に方法がないのなら、絶対にそうする。
…愛してもらえなくなるよりも、誰かを愛せなくなる方が辛いもの。…なーんてね。ボクは恋愛したことないけどねー」
そういう彼女の笑みは、何処か寂しそうなものだった。
(…それもそうか)
タクマは一人思う。もう既に彼女以外の人魚はおらず、海にも他の生物はほとんどいない。
海とともにあった彼女は、真の意味では一人ではなかったけれど、しかし同族は他にいない中をずっと生きてきたのだ。
…その孤独は、一体どれほどのものだっただろう。
(しかし、だからといってそういう関係になるわけにはいかんからなぁ)
それが、タクマの悩みの一つでもある。
彼はれっきとした妻帯者であり、その事実がある限り、彼女とそういうことは出来ない。いや、なかったとしても出来はしないだろう。
しかし、シアはそんなことは知らない。
「まぁそういうことだから、今日一日はボクたち恋人ねー」
「はぁ!?」
「だって、ここにはボクとタクマ、後海しかいないもの。ほら、問題ない」
「何がじゃー!?」
思わず叫んだタクマに、しかしシアはお構いなしで話を続ける。
「ボクも楽しかったら海も楽しい。ボクと海はほとんど一心同体って言ってもいいからねー。
そういうことだから、遊ぼう♪」
そして、言うが早いかタクマの手を強引に引っ張り、海の中へと飛び込むのだった。
海の中はやはり美しく、程よい冷たさで気持ちがよかった。青く澄み渡ったその中を、シアは気持ち良さそうに泳いでいた。その足は、何時の間にか美しい蒼いヒレに変化していた。
それを不思議そうに見ているタクマに、シアは小さく笑いかける。
「ボクは人魚姫じゃないからね。こっちの人魚は自由に変えることが出来るんだよ。と言っても、ボクしかいないけどね」
彼女は、海の中の住人らしく平気で言葉を発する。そして、
「あ、タクマって水の中じゃ話せないんだっけ」
そんな当たり前のことを、いまさらのように思い出していた。
海の中の潮流が時折変わりながら、二人の体を揺らす。しかし、それは急激な変化ではなく、寧ろ心地よいものだった。
緩急のつけられたそれを、二人は楽しみながら海の中を泳ぐ。それはまるで、海自体が喜んでいるようだった。
「あ、そうだ。タクマ、ついてきて」
シアは途中何かを思い出し、タクマの前を泳ぎ始めた。タクマは息継ぎをしながら、それを追っていく。
しばらく泳いでいると、然程海面から離れていないところで岩が隆起していた。それを伝いながら少し深く潜っていくと、ぽっかりと穴が開いていた。
その中に二人が入っていくとすすむと、そのうちに揺れる海面が見えた。小さく光も見える。
そこに顔を出せば、何処かの洞窟に繋がっていた。天井は少し欠け、そこから太陽の光が射していた。
「ここは…?」
「君に送ったものがあるでしょ。あれがね、ここにあるの」
送られてきたもの。つまり、砂の星。
「あれって、普通は海岸にうちあげられるものだけど、何故かここの海じゃこの洞窟に溜まるんだ」
そういいながら、彼女は奥へと歩いていく。ついていけば、確かにそこには光る砂があった。
「ほぅ…綺麗なものだな」
タクマはそれを少し掬い取り、光に掲げてみた。キラキラと、眩しく光る。
「…この子達が生きた証だからね、星の砂って。でももう…それも見れなくなるんだよね」
そうして、またシアは寂しそうに笑った。
ずっと孤独だったシアと海は、これまでどれほどの寂しさを感じてきたのだろう。
それを考えると、タクマの胸が少し痛む。
(…いや、俺がこんなことでどうする)
思い出がほしいと頼まれたのだ。自分が沈んでいては仕方がない。
タクマは一人頬を叩き、気合を入れた。
「…タクマ、自分で頬を叩いて何か楽しいの?」
「いや、そうじゃなくてだな…まぁいい、さて何をするか」
考えるよりも動け、とタクマは自分に言い聞かせた。
「よいしょっと」
「タクマ、何それ?」
持って来ていたカメラの脚を組み立てていると、シアがそれを不思議そうに見ていた。
「ん? あぁ、これはカメラと言ってだな…言うより見せた方が早いか。シア、ちょっとそこに立ってみろ」
「え、ここ?」
シアはタクマに言われたようにその場に立つ。タクマはそこから少し離れて立ち、少し旧めのポラロイドカメラを構えた。
「それじゃ、撮るからなー」
「えっ、何っ!?」
突然のフラッシュに、シアは半ば混乱状態に陥る。そんなシアに、タクマは少し苦笑を浮かべながら、
「大丈夫だから落ち付け」
そういいながら、頭をぽんぽんと叩いた。
「このカメラってのは、写真と言ってその画面に写ったものをこうやって…ほら、でてきた」
「…え、これボク!?」
そこに映し出された自分の姿を見て、シアは驚愕していた。それを見ながら、タクマはまた笑う。
「こうやって写していくものなんだ。これならいい思い出が残せるだろう?」
最初は驚いていたシアも、その言葉を聞いて自然と笑みが浮かんでいた。
それから、タクマは沢山の写真を撮り続けた。
今すぐ現像するものでもないので、こちらは何時も使い続けているカメラを使って。
思い出を残そう。そう考えた末の行動だった。
たとえ、それがなくなってしまったとしても、写真として残せば、覚えていれば思い出は残る。
今の今まで、写真というものが何故ここまで広まってきたのか。その理由はそこにある。
だからタクマはただ写真を撮り続けた。
シアの笑顔を。海の刻一刻と変化する表情を。
「タクマー♪」
写真を撮るタクマに、海から顔を出してシアが手を振っていた。小さな波が、彼女を揺らす。それに軽く応え、その場面をレンズに収めてシャッターを押していく。
シアも、海も。心のそこから笑っているように見えた。
「…ん? しまった、フィルムがもうあと一枚しかない…」
夢中になってレンズに海を収めていたタクマが気付けば、持って来ていたフィルムも全てなくなり、残り一枚だけになっていた。
時間も気付けばかなり過ぎてしまっている。もう少しで太陽が世界を赤く染めてもおかしくないだろう。
こんなことならもう少し持ってきていればよかったと一人ごちながら、タクマはシアを見ていた。
「んー…タクマも入ってくればよかったのに」
「ははっ、海やシアを撮るのに夢中になってたからな」
ふーんなどと応えながら、シアはタクマの隣に座る。
日が少しずつ落ちてきたのか、少し涼しい風が吹き始めた。その風に濡れた髪をなびかせ、シアは気持ち良さそうに背伸びした。
「ねぇ、えっと…かめら、だっけ。それ、もう撮れないの?」
「ん? いや、一枚だけ撮れるが」
「そっかーじゃあさ、最後の一枚、指定していい?…」
「…別にいいが」
その言葉に、シアの笑顔が大きく咲いた。
「…で、なんでこうなんだ?」
「えー最後だもん、いいじゃんいいじゃん」
カメラからしばらく離れて、海をバックにタクマはシアを並んで立っていた。既にカメラはセットしてあり、後はシャッターが下りるのを待つだけだ。
まぁいいかと、ちょっと溜息交じりのタクマの腕に、何か柔らかく暖かいものが当たる。
「ちょっ、シアお前何やって!」
「いいのいいの、ほらもう撮れちゃうよー?」
シアが、タクマのたくましい腕に自分の腕を絡めていたのだ。いきなりのことに、流石のタクマも狼狽する。しかし、シアはそんなことお構いなしにカメラに向かってポーズをとった。
『カシャリ』
そしてシャッターが落ちる乾いた音と、同時に光るフラッシュ。結局タクマはそのまま何処か情けない姿で写ってしまった。
* * *
「はー楽しかったー♪」
すっかり世界は赤く染まっていた。見上げても海があるが、どこからか現れた太陽は水平線の向こうへと消えていこうとしている。海も楽しい時間を名残惜しんでか、ゆっくりと波を揺らす。
「結局遊ぶことしか出来なかったな」
そう言いながら溜息をついたタクマに、シアはにっこりと笑いかける。
「それでいいの。何よりもいい思い出になったもの。海だって喜んでる、今までボクだけしかいなかったから…」
「…それならいいんだけどな」
本当に嬉しそうな笑みを浮かべる彼女の頭を、タクマはくしゃっと撫でた。
「さってと。時間切れだね」
それからしばらく二人は話していた。そして、シアが元気よく立ち上がる。
「…時間切れ?」
「うん」
シアは浜辺で海に足をつけて海水を蹴飛ばし、振り向いた。
「今はこうやって普通にしてるけどさ。本当なら今の状況って凄くおかしな状況でしょ?
全ては一夏の夢、ってやつだね」
そんなことを言う彼女は、少し寂しそうではあったけれど、しかし最初の孤独そうな寂しさは消えていた。
それを見てタクマは小さく笑い、そして立ち上がった。
「いい海だ。絶対に忘れないだろうな…君のことも」
「そうやって覚えててくれる人がいるだけで、よかったと思えるね。ホントにありがとう」
「ねぇタクマ、ちょっと後ろ向いて目を瞑って」
完全に陽が落ちそうになった頃、シアが急に切り出した。言われるままにタクマは背中を向けて目を瞑る。
「それじゃ、これはお礼ね」
声と同時に、何か柔らかいものが頬に触れる感触、そして背中に感じる熱。
「おい、シア」
「ありがとう、素敵なおじさん」
タクマの声を遮り聞こえた小さな声、そして離れていく熱。すぐに後ろから海に飛び込む音が聞こえた。
思わずタクマが目を開いて振り向くと、そこには見慣れた黒い海があった。空に海はなく、ただ星が光り続けていた。
「…最後くらい、何か言わせろよな」
しかしそれもらしいか、などと考え、タクマは歩き始めた。
それから、帰ったタクマは早速写真を現像してみた。『夢だから』と言われ、もしかしたら…と思ったが、写真はちゃんと現像できた。
写真の中で元気に笑う少女を見て、あれは夢ではなかったとタクマは一人思う。
「さて、これをどう説明してやればいいものか」
あの、どう説明しても夢といわれそうな一日を。
しかし、それを伝えていくのはタクマの仕事だ。それが、あの海とシアの思い出なのだから。
「…忘れなければ、それは生きていることと同じだからな」
タクマの呟きに、写真の中のシアがそうだねと答えた様な気がした。
「しかし、沢山撮りすぎたな…これじゃ思い出をあげるどころか、俺の思い出だらけじゃないか。最後の一枚は…隠しておくか」
そんなこと言いながら、それらを綺麗に閉まっていくタクマの顔は笑顔だった。
「さて、届くかどうかは分からないが…」
最後に撮った二人と海の写真を、タクマは小さな瓶に何かと一緒に入れて、それを海へと投げ込んだ。
もう絶対に届かないかもしれない。それでも、彼はそうしたかった。
「…届いたら、ちゃんと見てくれよ」
それだけ言って、タクマは海に背を向けた。一緒に入ったものが彼女に届いたとき、それを見たら驚くだろうか。そんなことを考えながら。
海の中で撮った写真。それを、タクマは一枚入れていた。
海の中でも笑う彼女の後ろに、数匹の魚が写っていた事を知っているのは彼だけ。
孤独じゃないよ。そう自分なりのメッセージを込めながら。
そうして、思い出は写真となり、言葉となって伝わっていく。
不思議な一夏の、少女と海と男の思い出は、何時までも、何時までも…。
<END>
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【w3e982/タクマ・リュウサキ/男/34/魔皇・激情の紅】
【NPC/シア/女/18/人魚】
何時もお世話になっております、へっぽこライターEEEです。
メモリーノベル、前・後編お疲れ様でした。
タクマさんは優しいけど面白いお父さんというイメージが強いので、そういう感じで書いてみました。
やっぱり本業を前に押し出すのがいいと思い、特に写真には力を入れて…。
ものより思い出、いい言葉ですよね。
この後、あの海がどうなったかは…想像にお任せします。
それではこのあたりで。本当にありがとうございました。